オールスターの最中に、突如流れてきた「寝耳に水」の一報。

狂喜乱舞したのは言うまでもありません。


幼少期から阪急ブレーブスのファンではありましたが、実際のところ、本格的に「野球バカ」になってしまったのは高校に入学した1989年のこと。つまり、オリックス・ブレーブスの時代だったんですね。

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夏休みに、初めて単独で西宮球場のゲートをくぐり、
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貯めた小遣いを元手にファンクラブに入り、
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毎月来る会報を胸躍らせて待っていた…そんな時代です。
現在より情報量が圧倒的に少ない時代の話ですから、月刊で且つタブロイド判8ページとはいえ、紙面全部がブレーブスの内容で埋め尽くされた会報は、関東在住の「変人」にとっては数少ない貴重な情報源だったんですよね。

で、ご存知の通り、オリックス・ブレーブスは2年で消滅してしまいます。
本拠地神戸移転、「ブルーウェーブ」への愛称変更、上田利治監督退任…ブレーブス譲渡時に阪急電鉄から出された「本拠地西宮継続使用・ブレーブスの愛称継続使用・上田監督続投」という3条件が全て反故にされるという状況でして、唯一本気でファンを辞めようと思ったのがこの時でした。

ただ、「ブレーブス」の商標権が阪急(正確には阪急共栄物産蝓砲亮蠅忙弔辰燭泙泙箸蓮当時は知る由もありませんでしたしねぇ…西宮球場も含め、巨額の使用料を阪急電鉄側に払っていたんでしょうから、今となってはオリックスがこういう判断をしたのは止むを得なかったのかなとは思いますが。(※2016年現在、特許庁HP内の「特許情報プラットフォーム」検索によると、ブレーブスの商標権は阪急共栄物産蠅砲呂覆い茲Δ任后)

少々話がそれましたが、ともかく「オリックス・ブレーブス」が甦るわけです。
「女房を質に入れてでも」というわけではありませんが、ワタクシとしては「何が何でも参戦せねば」という事態。長期休暇時以外まず取ることのない土日の連休を確保したうえで、神戸に乗り込むことに致しました。